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森林の市(5月12〜13日
  於:日比谷公園)
  に出展しました
第15回森の研修会
第7回植樹祭
第5回植樹祭
炭焼き体験記
みんなの広場
定例作業日以外でも、皆さん小下沢の作業地に出かけていますね。事務局にメールください。タイムリーな情報源として掲載したいと思います。
(以前の記事をご覧になりたい方はココをクリックすると、みんなの広場バックナンバーに移動します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


梵字

右の写真は藤本さんの工作物です。ご自宅の出窓に飾っています。

 左側の半円は先日の第6回美林見学会の折りに吉野で拾ってきた200年杉の切株の一部に梵字のバンという字を彫ったもので、金剛界の大日如来を表します。
 右側の円形は11月の定例作業日に間伐 させてもらった杉の木の根元に入れた切れ目に梵字のアという字を彫ったもので胎蔵界の大日如来を表します。
 二つ合わせて両部の大日如来です。


第10回植樹祭

 第10回植樹祭は最高のお天気のなか、予定した1,608本の植樹をすべて無事終えることが出来ました。
参加者は親子スクールを合わせて611名にのぼり、またも最高の参加者数になりました。
最も心配された事故ですが、小さな怪我1件もなく参加者全てが年1回の祭典を存分に楽しむことが出来たものと思います。

 当日は汗ばむほどの陽気のなかで小下沢のベースは植樹後も遅くまでにぎわいをみせていましたが、翌日は一転して冷たい雨。 しかし木々にとっては慈雨となり、いつものことながら高尾の森には幸運がついているなと思います。 植樹祭の集合写真です。



第6回美林見学会≪吉野スギ≫を訪ねて

 樹齢80年、100年の林が幹の大きさも同じ、枝がきれいに落とされていて、丸太の杭を立てたように一本一本に人の息をふきかけ撫でた跡がある。
専門家は吉野の育林技術の特徴を「密埴・多間伐・長伐期」という言葉で表現している。そんな林業の聖地ともいうべく、大和「吉野」の森から入り「木(紀伊)」の国を満喫しました。

@ 日本3大人工美林・吉野杉を見学
A 熊野古道を歩く
B 果無(はてなし)山脈1等三角点 冷水(ひやみず)山
C オプションとして高野山で藤本慶光会員が育った 「遍照光院」(へんじょうこういん)を参詣し、有志が宿泊した

日程

10月16日(金) 
  近鉄奈良駅前集合 〜川上村:吉野杉見学〜上北山村〜池原ダム見学〜 十津川温泉  民宿松乃屋 泊

10月17日(土) 熊野古道:小辺路(こへじ)を歩く
  十津川温泉〜果無集落
  三軒茶屋跡〜熊野本宮大社    
 湯の峯温泉−民宿やまね 泊

10月18日(日) 果無山脈冷水山1262m登山
 湯の峰−(龍神本宮林道)−冷水山−龍神温泉−高野山:遍照光院−五条市−近鉄奈良駅 解散

第1日目
 京都芦見谷山荘よりワンボックスカーで駆けつけてくれたリハビリ中の須川さんの元気な様子に皆安心した。
 奈良から南下し、橿原から無料高速道で三輪山へ。高速道から大和三山をながめながら早くも三輪そうめんが食べたいと言うものあり。
多武峰(とうのみね)を越す古道で吉野へ入る 。
川上村の道の駅で柿の葉ずしで昼食。1時に川上村森林組合をたずねる。丁度200年の杉を伐採したので、その現場を見学した。(写真1)
切り株は直径2mはありそうで、須川さんが年輪を数えたら215年だった。(写真2)
 北山川沿いを南下し、蛇行した屈曲点をうまく利用した池原ダムを 馬場さんの案内で見学し、大峰山奥駈道の行仙岳下をトンネルで横断した。道路は羊腸のごとくで、酔った者も出た。
 暗くなってから十津川温泉に着いた。急ながけふちに立つ山ヤがよく利用する民宿で、露天風呂は熱い温泉で熊野川を見下ろせ眺めがよい。

第2日目
 当初は別班で中辺路の計画もあったが、高野山から熊野本宮まで4日かけて小辺路を踏破した藤本会員の勧めで、運転手を除く全員が標高差900mの果無峠越え小辺路を歩くことになり、登り口(写真3)で、支度していると雨が激しく降り出した。天気予報は1日中曇りとのことだが、局地的のようだ。しかたがないので、林道終点まで車で行き、そこから小辺路を十津川部落へ下る。途中、一時的に雨が止み、ポスターにある果無部落の山深い風景で記念写真。(写真4)
 国道168号を南下し、小辺路が果無峠から下りてきて 中辺路と合流する地点(三軒茶屋跡)から熊野本宮へ向かって歩く。手入れの行き届いたスギ林の下層植生はシダになっており、石畳が残っていた。裏手から本宮大社に到着。
 雨はあいかわらず降ったり止んだり。旧社地の大斎原(おおゆのはら)にも参拝し、新宮まで脚を延ばし急石段の神倉神社、三山の速玉大社 にも詣でた。セッコクやボウランが着生した天然記念物のオガタマの古木、竹のような葉脈のナギの大木が珍しかった。
 湯の峰温泉の民宿はJAC御用達で、先日も大峰奥駈の後半部を4日かけて踏破した大橋さん、西村さん等も宿泊したところで、評判どおりシカ肉等食事がとてもおいしかった。

第3日目
 朝食は温泉で炊いたおかゆでおいしくで5杯もおかわりした者が数名いた。
 天気は快晴で発心門王子から龍神本宮基幹林道を果無山脈を東端から西端まで延々と走る。あちこち枝分かれしておりカーナビにも載っていないので地図が頼りだ。
 1時間走りj稜線に近づいたところに冷水山登山口の標識を見つけ、車を置いて、冷水山の南尾根を登る。付近はアセビ、シャラ等伊豆天城山の林に似ているが、ブナ、ホウ、ハウチワカエデ、イロハモミジも多く、赤や黄色に色づき始めていた(写真5)。30分ほど急斜面を登ると頂上1等三角点に着いた。真っ碧な空の下に山々が十重二十重に連なって見られ真に果て無しだった。(写真6)
 頂上では出がけに湯の峰温泉壷湯に8分漬けた茹で卵を味わった。
 再び延々と林道を西進し、龍神温泉付近の民家が現われた時にはほっとした。休日でバイクがうるさい龍神スカイラインに入り護摩壇山を経て高野山に着いたときは正午をはるかにまわっていた。駐車場が満杯なので、大門、金剛峰寺と瞬時にまわり、 遍照光院に車を置かせてもらい、待望の精進料理にありついた。
  藤本さんに遍照光院のすみずみまでご案内いただいた(写真7)。
快慶作の仏像や池大雅の襖絵等、国宝数点を有する高野山では最高格のお寺で、我々は畏れ多くも白川法皇の御座所でお茶の接待を受けた。
心の字池を配した庭園は、紅葉も映え見事だった。(写真8)
              2009.10  船木 威志 


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白神山地ブナ林再生事業参加レポート

2009.6 大船 武彦 

 白神山地ブナ再生事業とは、『ブナを伐って植えたスギ』を、伐る事業である。

今年、数年ぶりで参加した。再生事業に割り当てられた地域には、伐るべきスギも少なくなった。この地域をはじめて訪れた時に、驚いたものだった。それまで、ブナをわたる気持ちいい風の中を歩いていたのに、急に杉林の中のよどんだ空気の中に落ち込んで、その違いに驚いたのだ。それがいまやどうだろうか、よどんだような気配は、微塵もなく、わたる風は、すがすがしいばかりである。白神では、この森の作業をもう、十年やってきている。高尾の前年から始まっているのだ。
上の写真は、今年の櫛石山西側斜面の様子である。初めての年には、これが一面のスギ林だったのだ。

 それでも十数本のスギを討伐できた。すべて手伐りである。年輪を数えたところ、最大23年最小17年であった。大き目の鋸を用意していったが、あと数年で、この鋸には手に余る太さのものしか残らなくなる。左の写真は、作業の様子だ。いま、木に挑んでいるのは、ご存知トラ模様のラグビージャージーである。顔は見えないが、高尾の森の皆さんには、誰なのか、よくご存知に違いない。倒す方向を定め、受け口を作り、追い口にのこを入れる。教科書どおりの作業をする。一本を倒すのに、かなりの時間が要る。腕もなまるから、何人かで挑むのだ。杉林の時代には、匍匐したスギのしたに若いブナが、いた。そのほかキハダとウダイカンバが見られる程度であった。それがこの様子である。

  最後の日には、2時間ほどの山道を、世界遺産白神のコア・ゾーンであるクマゲラの森(この写真)まで、歩いた。
そこは、クマゲラがすむブナの森である。しかし、ブナを除くとオオカメノキ、オオバクロモジ、ヒメアオキ、くらいしか目に付かない。ミズナラでさえ、なかなか見つからない。貧弱な植物相だ。文字通りの極相の森である。
いま見てきたように、スギを伐ることで、森の多様性は回復した。
しかしながら、この後ブナの森に変わることで多様性が喪われてゆくようにみえる。250年先のことではあるが.....。
  環境庁は、いま、二つの大命題を掲げている。地球温暖化防止、と生物多様性、とである。生物多様性を唱えるなら、ブナの森は、反対の相である。正確な意味は、環境の多様性の維持、ということに違いない。適当に切って、うっちゃらかす、ということではあるまい。里山さとやまと騒いでも、いま、日本人の生活の中に、里山が組み込まれているのではない。
里山は、気まぐれなボランティアが維持しているだけである。そんなものが、適切な環境とはならない。しっかりとした線引きを国土の中に作って、その環境を維持するべきなのだ。


美しい森をめざして

―高尾の森づくりの会展示会開催―

5月25日(月)から31日(日)までの一週間、八王子村内ファニチャーアクセス (旧店名:村内家具)にて「高尾の森づくりの会」の活動紹介をするため展示会を開催しました。

@ 活動状況の写真を展示(京王さんとの子供キャンプや研修会、支援活動など)
A 森づくりの必要な道具類の展示(チェーンソー・刈り払い機・釜・ナタなど)
B 間伐材を活用した木工作品の展示
C 横川コレクションの展示(へびの抜け殻・蝶・モグラ・鳥の巣など)

 26日には毎日新聞社から取材があり、27日朝刊に大きく取り上げていただきました。 新聞を見てきましたというお客様もおられ、八王子市長もその一人でした。
 一週間で150名ほどの来客があり、会員が交代で応対をしましたが、特に関心が高かったのは横川コレクションで、ヘビのしっぽはどこからか? モグラの柔らかな毛並みなど触れて楽しんでいたのが印象的でした。
 このようなことから感じたことは、「触れることが出来る。」「わかりやすさ」などがキーポイントということでした。


 

 

 

 今回はじめて開催してみてまさに広報活動ですので、今後は事務局の広報担当も巻き込んで実施し更に工夫して会の活動を知っていただこうと思います。
 支援いただきました会員のみなさま有難うございました。                                 

        2009.6 松川征夫


森林の市 出展レポート

                          石井 倫行

 みどりの感謝祭・森林の市が2009年5月9日(土)10日(日)に日比谷公園で開催されました。

 日本山岳会「高尾の森づくりの会」は、活動のパネル展示、木工品、竹炭など展示販売し、 児童用にボードクライミング、大人も楽しめた丸太切り、竹加工体験を行いました。

 特に木工品の品数が前年より倍増し、鍋敷き、小盆、ペン立、積み木、竹炭がよく売れました。

 各人がアイディアを持ち寄り、技を磨いて作った作品が売れて 喜びを感じた「森林の市」でした。

 農林水産大臣も当ブースを訪れました。

知恵と技を絞った作品のいくつか

鍋敷き

小盆

ペン立て

積み木

色紙吊り

七味入れ

粟島竹取物語

=風わたる真竹の林をあなたの力で取り戻そう=

 新潟県粟島浦村役場主催で11月15日〜16日"長年放置されて竹やぶ状態の竹林の手入れをする。"目的でイベントが開催されました。
 粟島へは、新潟県村上市の岩船港から約1.5時間、人口は370人ほどの島です。 高尾の森づくりの会々員の黒木さん、神蔵さん・谷亀さんの3名が中心となって会員への参加を呼びかけたところ河西代表ご夫妻はじめ大蔵副代表他総勢13名の参加で取り組んできましたのでご報告します。

 参加メンバーはイベント開催にあたり村役場から一般ボランティア募集が行われ、このボランティアと村民、役場職員、われわれと総勢50名ほどになりました。
 われわれはイベント準備のため前日の14日のお昼に到着し、午後から役場の方々の指導で準備に入った。
エリアの確認や間伐本数の考え方(傘をさして通れるくらい)、切り倒した竹の後処理の仕方など丁寧に教えていただく。
切り倒す人数より後処理に多くの人数が必要ということを実感できた。

 15日午後からいよいよ作業の始まりだ。われわれの役割は、ボランティアで参加された方々への指導ということであったが、参加された方々はわれわれ以上に竹林整備に精通された人で指導などおこがましい、逆に教えていただくことが多かった。
作業分担としては、役場職員の指示で切り倒す人と後処理作業を時間で交代しながら取り組む方法が取られたが、我々は大変な後処理作業に取り組み汗を流した。

 翌16日はあいにくの空模様であったが昨日の続きに取り組む。 林内は非常に明るくなり流した汗が心地よい。
 全島の竹林がたいへん荒れており今回はその極一部であったが、村長さんご夫妻を先頭に全島挙げてどうにかしたいという意気込みが感じられ新鮮な感動を請けたのは私だけではないはずだ。
「また来年も必ず来ます。」という言葉に裏打ちされている。
村をあげての受け入れ態勢に感謝したい。
また自炊であったが黒木さん、神蔵さん、萬国谷さんの手作り料理に助けら感謝する次第です 16日午後の船で離島したが、雨の中多くの島の皆さんのお見送りを受け、お別れのテープに感無量となった。

  このイベントは今後も末永く継続していくことが肝心と、これからも引き続き支援していきたいと思う。
  翌17日以降も引き続き竹林整備に精を流そうと残った方々は、荒天候が続き22日まで島に足止めされた。幸か不幸かそのお陰で小中学生全校生徒は大蔵さんからエベレスト登山の話と、上手いかどうか知らないが船木さんの尺八で「我は海の子」を拝聴できたらしい。

 とにかくお刺身(平目・鯛・イカ・・・・・)が旨い。 

来年が待ち遠しい。                          
                  2008.11 松川記








第5回美林見学会青森ヒバ

 今年の美林見学会は、前から要望の強かった日本三大美林のひとつ「青森ヒバ林」を見学に行きました。
 雨模様の天候にもかかわらず行動中には降られることももなく、青森森林管理署の方々のご案内もいただき、青森ヒバの天然林、ヒバとブナの混交林、ブナ、カバ、ナラなどの広葉樹林など多様な天然林を見ました。増川岳にも登りました。我々が目標としている森林の究極の姿を感じ取ることができました。
        参加者:12名+1匹(訓練犬) 

日程    
10月24日
 青森駅西口11:30集合〜青森森林博物館見学〜昼食〜眺望山自然休養林見学〜ヒバの加工場;蓬田製材所見学〜蟹田町〜平館不老不死温泉
10月25日
   8:00・・三厩村〜青森森林管理署「増川ヒバ施業実験林」見学〜増川岳(714M) 〜竜飛崎〜小泊港(民宿青岩荘)
10月26日
  小泊〜十三湖〜五所川原〜青森解散
                      
                        記
1日目
 青森森林博物館は総ヒバ作りの旧庁舎で築後100年とのこと。青森ヒバは実が丸く、木曾とは異なりヒノキアスナロと言うことを知った。熱心な説明をいただいたが、時間が足りなくなり、 森林管理署員の待つ奥内の眺望山へ(写真1)。400年のヒバ林を含む2時間の回遊コースで、案内板もよく整備されていた。 下山口へ廻していただいた車でヒバの製材所へ。表面スベスベでも製材しているうちに中からフシが現れビックリ。これで値段が倍々半々違うとのこと。
 平館不老不死温泉は39度のアルカリ泉で、我々傷病兵集団には湯治に適しており、また、食事もおいしかった。
2日目
 休日にもかかわらず、 森林管理署長が早朝よりご案内してくださることになった。
 増川施業実験林は人の手の入った記録の無い、増川上流地域ヒバ林を10区画に分け、順番に10%の間伐を10年サイクルで行って更新を図ってきたが、現在は資源保護の視点から伐採を控えているとのこと(写真2)。峠付近には枝が自然に落ちてすべすべした立派なヒバ林(500年位か?)が見事だった(写真3)。足元から芽生えているヒバでも8年のものがあるとのことで、日照を得ると育ち始めるそうだ。
 犬およびその付き添い者以外全員で増川岳に登る。標高差650mあり結構つらい。山ヤの職業病の痛い足をだましだまし登る。ヒバの天然林から針桐、栗があらわれ、やがてブナ、ミズナラが出てくると、キノコが見つかるようになる。ナメタケ、ヒラタケ等目を輝かせて採る者もおり、隊が三つに割れた。頂上は稜線に出てから長く、1番奥だった。急いで下山し、竜飛崎へ着いた時は日没直前で水平線に沈みゆく夕日は感動的だった(写真4)。 当然欲張りキノコ組は間に合わなかった。
 暗闇の中を小泊へ急いだが、電話で入力したナビが遥かに離れたところの銭湯を指し、青岩荘には真っ暗闇の中に着いた。ここも38度の塩分泉だが、すべすべ具合は先より勝る(写真5)。
 ここの料理は目の前の海で宿の主人が採った新鮮な魚貝類でとてもおいしかった。当然その日に採ったキノコは詳しい人の鑑定を経て夕食の鍋に入れて食べた。夜半、稲妻を伴う激しい雨で海鳴りがした。
3日目
 朝まで激しい雨だったが出発時にはからりとあがった。十三湖では名物シジミ汁を味わい、道の駅トーサムでは目当てのキノコ「さもだし」 と青首大根を買った。
 五所川原ではじょんがら節の開始までの間に斜陽館を足早に見た。総ヒバとのこと。
 ここで、先に久慈の山を縦走してきた2人とこれから南八甲田の山に向かう2人が入れ替わり、帰路に着いた。東京からの往復で走行距離は1700キロだった。運転手さんお疲れさま。         2008.10 船木威志   







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